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お金が あっても お店があいてない。
コンビニも あいてない。
空いてないというか なくなっている。
無事なところなんてないし 万が一あいたら すぐに殺到して事故にも なるだろう。
電気が使えないから レジーも うてないし・・・・・
必要なのは 10円玉だけ・・・・・
公衆電話だけ お金で使えた。
でも 並びすぎて ムリ。
すぐに お金が入らなくなり 使えなくなる。
特に かける相手もいなかった。
山側の公園に 移動して 何をしてたか 記憶がない。
ラジオで情報だけ流れていた。
電車が 動き出したと・・・・・
動き出したゆうても だいぶん大阪よりやん。
このまま ここにいても仕方がないと 家に戻り 脱出する準備をした。
うちには 車がないけど チャリンコが 人数分ある。
目的地は 無かったが とりあえずの脱出・・・・・
道がないので 大変だった。
マンションが 崩れてても 跡形もない 家を見ても その光景が普通だった。
みんなどこかへ 逃げて行っていた。
5時間か 6時間くらい こぎつづけて やっと動きだしたという 電車の駅に 着いた。
人ごみで 切符を買うのに ごった返し・・・・・
ということは 電気が通ってたんですね。
電車に乗ると いつもの世界・・・・・
ええっ 大阪は 普通なんっ。
梅田に着くと 何もなかったかのような 大阪にびっくりした。
みんな普通の格好やった。
近くに親戚も おらんし 次は 大阪に地震が来るいうてたから
京都まで 逃げた。
ホテルは 空いていた。
・・・・・京都ホテルに 泊まった。
あんまり 高くない階でって 言っていた気がする。
ず〜っと テレビを見ていた。
離れたら なんで神戸だけが あんなにひどいねんって 悲しくなった。
何日か経ち このままでは お金がなくなってしまうと 気がついたのか 地震は もう来ないと安心したのか 安いホテルに移動する。
京都ホテルは チェックアウトした時 金額が 半分くらい?になっていた。
聞いたら 住所が被災地だったからでした。
大きいだけ あるわ 太っ腹やん。
このまま何もせず ホテルにいるわけも行かず 一番近くの親戚のとこに 行き 何日か過ごした。
おじさんのとこの会社の使ってない寮が 身内の被災者用に 貸してくれると言う事だった。
場所は 高槻だった。
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